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札幌地方裁判所 昭和44年(行ク)15号 決定

申立人

板摺哲

外三名

代理人

彦坂敏尚

外三名

被申立人

札幌郵政局長

村上達雄

指定代理人

岩佐善巳

外八名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

(申立ての趣旨および理由)〈省略〉

(被申立人の意見)〈省略〉

(当裁判所の判断)

一〈疎明資料〉によれば、申立人らはいずれも昭和四四年四月当時幾春別郵便局勤務の郵政事務官であつて、かつ全逓信労働組合(以下全逓という)の組合員であつたが、被申立人は同年八月二日申立人らに対して、申立人らが同年四月中頃から五月中頃までの間において、他の組合員らとともに同郵便局管理者の就労命令を無視したばかりか、これに対し暴力行為を行い、傷害を負わせるなど、著しく職場の秩序をびん乱したとの理由で、国家公務員法第八二条にもとづく懲戒免職処分(以下本件免職処分という)をしたこと、これに対し、申立人らは、同年九月三〇日人事院に対し審査請求の申立てをしたことが疎明される。そして、一方申立人らは、同年一一月二八日、当裁判所に本件免職処分の取消しを求める行政訴訟を提起し(昭和四四年(行ウ)第三〇号、以下本案訴訟という)、あわせて右処分の執行停止を求める本件申立てをしたことおよび前記審査請求の申立てから三ヵ月を経過したが人事院のこれに対する決定は未だなされていないこと以上の事実は当裁判所に明らかである。

二そこで、つぎに申立人らにつき行訴法第二五条にいう回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるかどうかの点について判断をすすめることとする。

(一)  〈疎明資料〉によれば、本件免職処分当時申立人板摺は一ヵ月約四万五、〇〇〇円、同斉藤は一ヵ月約三万五、〇〇〇円、同戸沢は一ヵ月約五万円、同高橋は一ヵ月約五万三、〇〇〇円の給与の支払を受け、それぞれその家族の生計を支えていたものであるところ、本件免職処分の結果その支払を受けられなくなつたこと、しかしその後申立人板摺、同高橋は全逓空知地方支部岩見沢分会にそれぞれ勤務し、組合業務に従事し、かつ申立人らはいずれも「全逓信労働組合犠牲者救済規定(以下「規定」という)」に定める救済の対象となり(規定第四条)、全逓より少なくとも本件免職処分当時において申立人らが郵政省より当然受けるべき給与・諸手当相当額の金額給付(以下給与補償という。規定第二、二一条)を受けていること、この給与補償は、全逓において、その組合員が組合機関の決定にもとづいた組合活動により免職となつたときに、前記「規定」にもとづいて、これに対する救済として行うものであつて、原則として被救済者が全逓の組合員である間満六〇才に達するまで支給されるものであること(規定第二、四、五、一九、二一条)、このような「規定」にもとづく収支の資金として、全逓は犠牲者救済特別会計を設け、組合員より月額六〇円を徴収していること、以上の事実が疎明される。

(二)  右疎明事実によると、申立人らが現在全逓から支給されている給与補償が将来合理的な理由なくして直ちに打切られるようなことがあるとはとうてい考えられないところであり、それ自体少なくとも被救済者たる申立人らの必要限度の生活の資としての安定性(確実性と継続性)をそなえているものと認められ、本件免職処分の執行を停止して給与を支給しなければ申立人らがその生活を維持できないほど経済的に差し迫つた状態にあるものとは認められない。

(三)  なお〈疎明資料〉によると、申立人らに対する給与補償は、本案訴訟において申立人らが勝訴し、本件免職処分が取り消された場合には、すでに支給を受けた金額を返還することを要し、また申立人らが他に転職した場合にはその支給を打ち切られるものであることが疎明されるが、勝訴の場合には被申立人から解雇時に遡つて給与が支給されることになる筋合であるから、その場合に給与補償の返還義務を生ずるのはこの種救済金の性格からみてむしろ当然のことであり、そのゆえに現時点における給与補償の支給が不安定なものとすることはできないし、また転職の場合には、単に将来に向つて支給が打ち切られるというにすぎないのであるから(しかもそのときには新たな職による収入が期待される)、将来転職することもありうるという抽象的な可能性が存在するというだけでは、申立人らに現在緊急の必要性がないとする前示判断を左右するに足りない。

(四)  なお、申立人らの引用する昭和三九年三月二七日東京高裁判決(労民集一五巻二号一七四頁)は、いわゆる地位保全の仮処分について被保全権利の疎明ありとしたうえで、保全の必要性を肯定した事例であつて、たとえ地位保全の仮処分であつても、保全の必要性の存在が被保全権利の存在と併列的な要件とされ、ややもすればむしろ従属的に取り扱われやすいきらいのある民事訴訟法上の仮処分と、逆に、積極的要件としては緊急の必要性のみをとらえ、消極的要件として本案について理由がないとみえるときには執行停止をすることができないとする行政事件訴訟法上の執行停止とでは、必要性の判断にもおのずから異るところがあるものというべく、引用の判決は本件に適切でない。

(五)  また、申立人らは、申立人らが本案訴訟の判決確定まで懲戒免職者として取扱われることにより蒙る(イ)労働意欲の減退(ロ)その他の精神的苦痛、名誉に対する侵害等の損害を主張するけれども、右(イ)の事由は回復困難な損害とは認められず、(ロ)の事由は、それが懲戒免職処分に伴い通常当然発生する程度のものである限り、これのみをもつて直ちに効力を停止しなければならない回復困難な損害があるものと解することは相当でなく、その異常であることについては何らの主張および疎明がない。

(六)  そのほか本件免職処分の執行により申立人らにつき回復の困難な損害を避けるためこれを停止すべき緊急の必要があることについて他に特段の主張および疎明はない。

三そうすると、申立人らの本件執行停止の申立ては、その余の点について判断するまでもなく理由のないことが明らかであるから失当として却下することとし、申立費用の負担につき民訴法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(平田浩 福島重雄 石川善則)

(別紙(一)ないし(四)省略)

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